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頑固屋について

プロポリスの老舗(1985年~)がお届けするブラジル最強品質

プロポリスを日本に広めた頑固屋


移住のため訪れたボリビアでプロポリスを知ったた先代社長は、その素晴らしさに魅せられてボリビア産プロポリスを出来るだけ多く持ち帰り日本の健康雑誌に載せたところ、予想外の大反響を得ました。その後、テレビや雑誌にもプロポリスが取り上げられ,プロポリスはちょっとしたブームとなり、健康雑誌で特集を組むなどして健康食品としての地位を得ました。 その後、社長はプロポリスの品質を求めてブラジルに渡ること十数回、遂にミナスの高地で茶緑色の原塊のプロポリスに出会い、約30年に渡る販売で多数の体験談を得ました。
 


敬天愛人

頑固屋の座右の銘として、経営の骨格をなしている思想です。人は、動物と違い様々な不安を抱えている存在と言えますが、頑固屋は健康不安を抱える方のために、最高プロポリスを通じて安心をお届けすることが天命と信じ、知りうる限りの品質商品を揃えております。この素晴らしい大自然からの贈り物で、皆様が健康的で楽しい日々をお過ごしいただけますよう願っております。お気軽ご相談下さい。
 

 

ごあいさつ

ごあいさつ

はじめまして、私は頑固屋代表の鷲見(すみ)明と申します。
従業員のかみさんと2人で、細々と小さな店を開いています。プロポリスの販売の他に、野山に囲まれた家の前の畑では無農薬の野菜作りをしています。

ごあいさつ

このあたりは海抜500メートルの山間地で雪も多いのですが、豊かな自然と四季に恵まれて半農半商で、どうにか日々の糧を頂いて生活しています。

48歳で細君と結婚し、49歳で長女を授かり、51歳で長男を授かり、56歳で二男を授かりました。子供の大好きな遅咲きおやじですが、毎日多くのおかげさまに生かしていただいております。

少々長いかもしれませんが、私とかみさんのご紹介をさせていただきますので、宜しければお付き合い下さい。

1.店主の履歴

幼少期・学生時代

昭和35年、岐阜の山間地の農家の三男として生を受け、大自然に抱かれながら幼少を過ごす。地元の小中学校を卒業し飛騨の工業高校へ入り 禅寺に下宿し坐禅と出逢う。卒業後にはかねてから憧れていた空の仕事に就きたくて航空専門学校へ入学、 新聞配達をしながら苦しくも楽しい2年の学生生活を送る。

自衛隊時代

自衛隊時代

卒業と同時に 自衛隊に入隊、ヘリコプターの操縦士を目指す
も先天的な身体的欠陥が判明、失意ののち航空機を誘導する仕事、航空管制官となり毎日航空機を眺めて過ごす日々が続きくも組織という性質に心底幻滅し退官、11年に及ぶ自衛隊生活に別れを告げた。33歳の春。

フリーター時代

その後、千葉市内に転居しアルバイトの日々が続き、民間企業の厳しさを肌で感じ、自分が11年もの間ぬるま湯にどっぷりと浸かっていたことを思い知る。

その後、長年歩いてきた航空業界に返り咲こうと一念発起し、アメリカへの航空留学をしライセンスを取得、帰国時には日本はバブル崩壊の津波が、あらゆる就職活動を破壊、失意のうちに現実を受け止める。

実は プロポリスとの出逢いはアメリカであった。医療費の高い事で有名なアメリカでは、医療費で貧乏になってしまうケースが多く健康意識は非常に高い。そこで、病気にならないようにと様々なサプリメントが発達してきた。

特にプロポリスは日系人の間で人気があり、知り合いから薦められて使ってみたところちょっとした健康トラブルは殆ど切り抜けることが出来たので感動した記憶がある。しかし、後に自分が販売することになるとは思ってもみなかった。

修行時代

修行時代

さて、お話はもとに戻りまして、とうとう就職難民になってしまった運命。
この時、いやが上にも 「人生の意味」について向き合い思索期間に入り 断食や様々な瞑想関係に手をめるも、 内観とヴィパッサナという瞑想法、坐禅を経て真理の一端を垣間見る。結局のところ「生まれてからやってきたこと、全部このまんまで正解だった」に転がり落ちた。

創業時代

そう 、「そのままで良し」に合点したのはいいのですが、さて何をやって生きて行こう?自問自答し悶々としていた日々の中で、心の従うままアメリカで出会ったプロポリスを日本に広める決意をしたした。それまでの人生経験でプロポリスほど役に立つモノは他に無かったので「よし、絶対にいける!」鼻息荒く資料を集めるも、既にプロポリスは日本では知られる存在であった。

資料を片っ端から集めてプロポリスの仕入れを検討していましたが、たまたま見つけた健康雑誌に「プロポリスの頑固屋」という広告を見つけて、それが何と我が家から10キロほどに場所に店があったのです。直ぐに電話をかけて社長に会いに行き、自分の経緯を全てお話ししたところアメリカで生活していた事をえらく気に入って貰い、直ぐに打ち解けて半日も居座ってしまいました。

この時、個人的にその社長を生涯のビジネスの師匠と勝手に決めつけ後に分かったのですが、彼は過去にある分野で日本でトップとなった正にビジネスの神様だったのです。

その後も神様から「商売のノウハウ」を徹底的に盗もうと、毎日出かけては教えを乞うも元来の頭の悪さに加えて、勘の悪さも手伝ってか中々ビジネスの才能が出ないので神様に尋ねました「なんで、わしは何でこう勘が悪いやろう?」

神曰く「血の問題や、俺は物心ついた時から商売という地獄の中におった。だから必要なことが見通せる」と。そう、商売という地獄を知る者が神様になれるかぁ。含みのある言葉やなー。

そして、現在

一人前に所帯を持ち3人の子宝に恵まれて、いまやっと気づいたことがあります。それは、今まで私が本当に多くの人様のお蔭で生かされてきたこと。

特に両親には本当にお世話になったことが良くわかります。幼少期のころはけっして経済的に豊ではなかったのですが、子供のころの記憶を思い出すと貧しくも楽しい輝いていた日々ばかりが思い出されるのです。

特に、親父は私たち4人兄弟を育てるため、冬になると都会へ出稼ぎに行き、現場で大けがをしたのに体を張って私たちを一人前に育ててくれました。私はこの親父を乗り越えることは絶対に出来ないとさとりました。本当に心底感謝の気持ちが湧いてきます。

これからもこの気持ちを大切にして、皆様が健康で元気になれる商品をお届けする所存でございます。

長々と最後までご拝読頂きまして、ありがとうございます。

 

貴重で尊いプロポリスに導かれ

平成29年5月、それまでミナスの契約業者から30年に渡り商品を仕入れていたのですが、突然連絡が取れなくなり、仕入れが出来なくなりました。どうも、3月に問題が発覚した鶏肉偽装事件の波及で廃業した様なのです。

お客様からの注文がどんどん積み重なる中、新たな仕入れ先を探すため昼夜を問わずブラジル大使館、商工会、友好協会、ブラジルの日本人会、ブラジル商工会、思いつくありとあらゆる機関、団体を通じて、インターネットとメールや電話により、連絡の取れた業者から沢山のサンプルを取り寄せました。

長年ご愛用いただいているお客様にご納得いただくためには、絶対に品質を落とすことだけは避けたい一心でした。品質を求めて日本で販売されている商品も含め昼夜なく精査するも、とうとうストレスのため頚椎症になりました。今思い起こしますと、完全にノイローゼ状態です。首の筋肉は固まり腕は痺れて何年も症状を引きずる事になりました。

生まれてこのかた、人生でこれほど真剣に神仏に助けをお願いしたことはありませんでした。実際、神仏の助けとしか思えないような奇跡が重ね重ね起こり、ついに業界の頂点にあるプロポリスと巡り合えてしまいました。ほんの一滴口に入れて「ええっ、こんなのがあったの」が飛び出しました。

実は、次の取り扱い商品を決めるのには簡単でした。送られてきサンプルは多かったのですが、殆どの商品は容器もスポイトもプラスチック製だったのでプラスチック臭があり、この時点でこれらは不採用にしました。それで残りのガラス瓶3点の商品は何れも日系でしたので、さすが日本人は細かい点まで手を抜かなことが幸いでした。

後から知ったことなのですが、残りの3商品はいずれもTeisuke養蜂場の原料を使っていることがわかり、結局はここしかなかったということでした。高級原料は殆どがここで生産されているのでいわゆる本物のグリーンプロポリはここにしかなかったのです。正に天に思いが通じたと確信しました。

私自身が長年プロポリス愛用者として、こんな凄いプロポリスがあったことが分かっただけでも鬼の首でも取った気分で、喜びと小躍りしながら早速製造元に連絡を取り社長と直接お話をさせていただける機会を得ました。なんと社長は頑固屋をご存じ、しかも連絡が取れなくなった業者の社長を知っているとのこと。私どもの今の窮状を大変ご心配頂いて、その場で商品の仕入れを快諾下さり、直ぐに商品を送って下さいました。

更に驚いたことに、お金は要らないと言われたのです。キリスト教の精神なのでしょうか? その手の事は瞑想で体験したぞ! 道を求めている私にもプライドがありましたし、これから長いお付き合いをお願いする以上はお互い対等な立場で始めましょうということでお気持ちだけ頂き、直ぐに送金させていただきました。


 その後、この時の危機を救って下さった社長さんはブラジルでグリーンプロポリを発見した方で、Teisuke養蜂場の創業者だったのです。このTeisukeさんは日本へグリーンプロポリを持ち込んで日本でのプロポリスブームを起こした方なんです。また信心深いクリスチャンで信仰があったこそ今があると言って、ご本人が日本で生まれてからブラジルでの苦難の日々を過ごされたことなどお話いただきました。ご自身の奇跡的な生涯であった自叙伝も頂戴し、読ませていただきましたが、やはり神仏の助けは実際に起こることを再認識できました。



「災い転じて福となす」この言葉の通りにその後プロポリスの販売は順調に進みましたが、そのころからどうしても心に引っかかっていたことがありました。頑固屋は「品質」を掲げているのに、Aランク品質の商品を扱っていなかったのです。何故なら、仕入れ値がプロポリス50の3倍もするのです。値段が高すぎて誰も買えないのではないか?という不安はありましたが、でも高くても必要としている人が必ずいるという信念がありましたので少量仕入れてみました。

初めてAランク商品の封を開けた時はおどろきました、プロポリスっぽい匂いがしないし癖がなく試してみたら我が家の子供たちも抵抗なく飲んでくれたのです。これは我が家では有難かった、毎日乳酸菌飲料に混ぜて飲むようになってから、おおざっぱに言えば季節の変わり目で健康のことで心配する必要がなくなりました。その後これをプロポリスV(ポルトガル語で最高とか頂点という意味の頭文字)とネーミングしてネットに掲載したしたところ、プロポリスVの商品の写真を入れなくても売れ始めたのです。

それからは驚くようなお客さんからお話や反響がどんどん出始めて、今はネットより口コミで広がっているようです。やはり良い商品はしっかりと働いてくれます。この商品が出来るまでのブラジルのTeisuke養蜂場のスタッフの方々のご苦労を考えますと、プロポリスを世に広めることが最高の恩返しになると考えてこの道を突き進もうと思っています。

もう一つ気になっていることがあります。それはブラジル産のハチミツで以前、Teisuke社長が来日の時に頂いたのですが、これがまた一味違うのです。日本にはユーカリががないので、あの風味のハチミツは日本では楽しめません。でも円安が後ろ髪(坊主にしてますが)を引いて仕入れを滞らせています。プロポリスとの相性も抜群なので、せめて1ドルが120円ぐらいになったら仕入れようと思ってますのでご期待下さい。

 

 

プロポリスV 
ブラジルのミナス州南部でのみ採取されるアルテピリンCの含有量が多い部分のみを選別
し、
一般的なプロポリスの数百倍(年によって変動)のアルテピリンCを含んだ最高級10年熟成
の逸品。 乾燥固形成分28%。
  単価 合計  
1 11,000円 11,000円 買う
3 10,000円 30,000円 買う
5 9,500円 47,500円 買う
10 8,800円 88,000円 買う

プロポリス50 
ブラジルのミナス州南部でのみ採取されるアルテピリンCの含有量が多い原料を10年間、
高級アルコールに漬け込み熟成
させました。  乾燥固形成分28%。
  単価 合計  
1 6,800円 6,800円 買う
3 6,100円 18,300円 買う
5 5,400円 27,000円 買う
10 4,950円 49,500円 買う

プロポリスE
 
ブラジルのミナス州南部でのみ採取されるアルテピリンCの含有量が多い原料を7年間、
高級アルコールに漬け込み熟成
させました。  乾燥固形成分20%。
  単価 合計  
1 4,600円 4,600円 買う
3 4,000円 12,000円 買う
5 3,400円 17,000円 買う
10 3,000円 30,000円 買う
名称 頑固屋
代表 鷲見 明
所在地 〒501-4603 岐阜県郡上市大和町栗巣815
電話番号 0575-88-29790575-88-2979
FAX番号 0575-88-2979
メールアドレス info@gankoya.jp
営業時間 8:00~19:00