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頑固屋について

ごあいさつ

ごあいさつ

はじめまして、私は頑固屋代表の鷲見(すみ)明と申します。
従業員のかみさんと2人で、細々と小さな店を開いています。プロポリスの販売の他に、野山に囲まれた家の前の畑では無農薬の野菜作りをしています。

ごあいさつ

このあたりは海抜500メートルの山間地で雪も多いのですが、豊かな自然と四季に恵まれて半農半商で、どうにか日々の糧を頂いて生活しています。

48歳で細君と結婚し、49歳で長女を授かり、51歳で長男を授かり、56歳で二男を授かりました。子供の大好きな遅咲きおやじですが、毎日多くのおかげさまに生かしていただいております。

少々長いかもしれませんが、私とかみさんのご紹介をさせていただきますので、宜しければお付き合い下さい。

1.店主の履歴

幼少期・学生時代

昭和35年、岐阜の山間地の農家の三男として生を受け、大自然に抱かれながら幼少を過ごす。地元の小中学校を卒業し飛騨の工業高校へ入り 禅寺に下宿し坐禅と出逢う。卒業後にはかねてから憧れていた空の仕事に就きたくて航空専門学校へ入学、 新聞配達をしながら苦しくも楽しい2年の学生生活を送る。

自衛隊時代

自衛隊時代

卒業と同時に 自衛隊に入隊、ヘリコプターの操縦士を目指す
も先天的な身体的欠陥が判明、失意ののち航空機を誘導する仕事、航空管制官となり毎日航空機を眺めて過ごす日々が続きくも組織という性質に心底幻滅し退官、11年に及ぶ自衛隊生活に別れを告げた。33歳の春。

フリーター時代

その後、千葉市内に転居しアルバイトの日々が続き、民間企業の厳しさを肌で感じ、自分が11年もの間ぬるま湯にどっぷりと浸かっていたことを思い知る。

その後、長年歩いてきた航空業界に返り咲こうと一念発起し、アメリカへの航空留学をしライセンスを取得、帰国時には日本はバブル崩壊の津波が、あらゆる就職活動を破壊、失意のうちに現実を受け止める。

実は プロポリスとの出逢いはアメリカであった。医療費の高い事で有名なアメリカでは、医療費で貧乏になってしまうケースが多く健康意識は非常に高い。そこで、病気にならないようにと様々なサプリメントが発達してきた。

特にプロポリスは日系人の間で人気があり、知り合いから薦められて使ってみたところちょっとした健康トラブルは殆ど切り抜けることが出来たので感動した記憶がある。しかし、後に自分が販売することになるとは思ってもみなかった。

修行時代

修行時代

さて、お話はもとに戻りまして、とうとう就職難民になってしまった運命。
この時、いやが上にも 「人生の意味」について向き合い思索期間に入り 断食や様々な瞑想関係に手を染めるも、 内観とヴィパッサナという瞑想法、坐禅を経て真理の一端を垣間見る。
結局のところ「生まれてからやってきたこと、全部このまんまで正解だった」に転がり落ちた。

創業時代

そう 、「そのままで良し」に合点し、心の従うままアメリカで出会ったプロポリスを日本に広める決意をし、鼻息荒く資料を集めるも既にプロポリスは日本では知られる存在であった。

この時、個人的に生涯の師匠と勝手に決めつけたビジネスの神様と出会う。

神様から「商売のノウハウ」を徹底的に盗もうと、毎日出かけては教えを乞うも元来の頭の悪さに加えて、勘の悪さも手伝ってか中々ビジネスの才能が出ないので神様に問うた
「なんで、わしはこうなんやろう?」

神曰く「血の問題や、俺は物心ついた時から商売という地獄の中におった」と。
そう、地獄を知る者が神様になれるかぁ。

そして、現在

一人前に所帯を持ち3人の子宝に恵まれて、いまやっと気づいたことがあります。
それは、今まで私が本当に多くの人様のお蔭で生かされてきたこと。

特に両親には本当にお世話になったことが良くわかります。幼少期のころはけっして経済的にはなかったのですが、子供のころの記憶を思い出すと本当に楽しかった日々ばかりが思い出されるのです。

特に、親父は私たち4人兄弟を育てるため、冬になると都会へ出稼ぎに行き、現場で大けがをしたのに体を張って私たちを一人前に育ててくれました。私はこの親父を乗り越えることは絶対に出来ないとさとりました。本当に心底感謝の気持ちが湧いてきます。

これからもこの気持ちを大切にして、皆様が健康で元気になれる商品をお届けする所存でございます。

長々と最後までご拝読頂きまして、ありがとうございます。

2.かみさん履歴

昭和52年に岐阜の山間地に生受け、地元の学校を卒業して愛知県にある病院の事務員となる。

入院時代

ある日、自転車に乗っていて交差点で車にはねられて腰椎骨折により入院生活。容体が良くなった頃、親のすすめで帰郷、このころに付き合っていた友人を白血病で失う。

受難の時代

様々なアルバイトを経て、再度地元の病院へ事務員として勤務。過労がたたりうつ、不眠、拒食症を発症し、入院と通院の生活を過ごす。

治療・回復時代

縁あって今の店のお手伝いをすることになり、店長と出会い共に今までとは違った名古屋市内の病院へ通い、退行催眠治療で病の根本を知り急速に回復し完治する。

同居結婚時代

生活のケジメをつけるため入籍し晴れて結婚し長女を授かる。この間も専属従業員としてプロポリスの販売、シイタケ栽培、わさびおろし板の製造の補助に携わる。

こつこつと自分でホームページを作りましたので、何かとお分かり頂けない点があるかと存じますが、これからもページを充実させていきますので、何時でもお越しください。ありがとうございます。

3.ついに世界最高品質と出逢う

無常の風は、どんなふうに自分の周りを急変させるか誰にも分かりません。
平成29年5月、それまでミナスの契約業者から30年に渡り商品を仕入れていたのですが、突然連絡が取れなくなり、仕入れが出来なくなりました。どうも、鶏肉偽装事件の波及で廃業した様なのです。

お客様からの注文が増える中、次の取引先を探すため昼夜を問わずブラジル大使館、商工会、友好協会、ブラジルの日本人会、ブラジル商工会、思いつくありとあらゆる機関、団体を通じて、インターネットとメールや電話により、連絡の取れた業者から沢山のサンプルを取り寄せて吟味、世界一の品質を求めて昼夜なく精査するも、とうとうストレスのため頚椎症になりました。

人生でこれほど真剣に、神仏に助けをお願いしたことはありません。しかし、確かに神仏の存在を証明す奇跡が重ね重ねと起こり、ついに業界の頂点にあるプロポリスと出会いました。神仏はいますよ!

このプロポリスたった一滴で、わかりました。本能的にこれだ!と分かったのです。早速、製造元に連絡を取り社長と直接お話をさせていただける機会を得ました。なんと、社長は頑固屋をご存じで、しかも連絡が取れなくなった業者の社長を知っているとのこと。私どもの仕入れ先の無い現状をご心配頂いて、その場で商品の仕入れを快諾下さいました。

実はこの社長、ブラジルのプロポリス業界のドン!顧客は中国の裕福層が多いので収入は安定、このためミナスの養蜂家を金銭的に優遇しているので高級な原料は殆どがこの会社を通して他の業者に供給されるとのとこ。だから、原液を一滴口に入れただけでも、この業界30年の経験があっても新鮮な衝撃を感じた品質なのです。

私は、予てから世界一の品質のプロポリスを扱いと心底願っていましたが、このような形で出会えるとは
いやが上でも神仏の采配の偉大さを思わずにはいられません。出来れば、この分野についてもお話したいのですが、商売に神仏を持ち込むことは意に反しますので、別のサイトにて詳細を書きたいと思っています。
 

名称 頑固屋
代表 鷲見 明
所在地 〒501-4603 岐阜県郡上市大和町栗巣815
電話番号 0575-88-2979
FAX番号 0575-88-2979
メールアドレス info@gankoya.jp
営業時間 8:00~19:00